戻る
Back
Next
竜也と浩臣がベンチに戻ると、祐里が泣きそうな顔で出迎えてくれている
「やられたと思ったよ。もう泣きそうだわ」

握りしめていたのだろう、しわくちゃになったハンカチを見せてとても辛そうな表情を浮かべている祐里に対し、浩臣がニヤリと笑ってみせる

「今のは俺の失投。ただのファインプレイじゃないぞ。俺や草薙、そして樋口を救ったんだからな」
言って拝むようなポーズ
竜也はよきにはからえといった感じを一瞬だけみせつつ、まだ同点だから。試合終わってからにしてと戦況に戻るよう促す

3回裏
先頭の岡田が初球を豪快に引っ張ると、坂本が一歩も動けない三遊間突破のレフト前ヒット

「つか、初ヒットか。竜は何やってるんだよ」
打席準備で手袋を嵌めつつ浩臣が呟くと、傍にいた安理が2打席とも歩かされてるよと謎のフォロー
いや、モニターで見てたから知ってるぞと浩臣が苦笑している
竜也は我関せずといった感じで試合に見入っているが、千原の空振りを見て思わず苦笑して首を振っている
力みすぎていつも以上にアッパースイングになっている。指摘してもいいが、力むなっていうほうが無理だよなーなどと考えているとカキンといい打球音が鳴り響く

一斉に西陵ナインは色めきだってベンチから身を乗り出すが、会心の一撃とまでは行かずにウォーニングゾーンまでのセンターフライ
歓声は一瞬でため息に変わり、千原も思わず天を見上げている

「もっと鍛えて出直すわ」
千原はベンチに戻ってそう漏らすと、すぐにプロテクターの装着に入っている

「しゃあない。俺が岡田を返してくるわ」
浩臣は軽口を叩いてネクストへ向かう

打てそうで打てないというのが、綾部に対する評価で間違いない
ストレートそれなり。変化球もそこそこ。制球はまばら。逆にそれが的を絞りづらい感

樋口は簡単に追い込まれると、3球目の難しいコースに手を出してしまいショート正面のゴロ
坂本が無駄に華麗に捌き、6-4-3のダブルプレイ完成

「ヒグっちゃん、ドンマイ」
項垂れて戻って来る樋口に浩臣はそう声をかけつつ、守備に向かう竜也に無言で目で合図を送って来た

“俺と竜で何とかするしかないぞ”
言葉は発してないが、そう言っているように見受けられたので竜也はいつものように右拳を上げるポーズでそれに応える

4回表の浩臣の投球は圧巻だった

具聖燁をオール直球で見逃し三振、大嶺にはスライダースライダーで追い込んで最後はど真ん中の直球で見逃し三振
ルパン柿澤にも3球続けてストレートでカウント1-2からの最後はフォークで空振り三振

いつもは吠える浩臣が、今日は無駄に淡々とした感じでベンチへ戻っていく
竜也も駆けながら戻りつつ、”やりすぎ”と一声かけると浩臣はニヤリと笑う

「ついでにヒット打って来るわ。スタンドまで届けば最高だな」

自信満々に打席に入った浩臣。初球の真っすぐを完璧に捉えたそれは、セカンド真正面の弾丸ライナー
またも一瞬盛り上がりかけた西陵側は一斉に落胆な感じに変わる

「ミスったわ。マッスラ投げてきてるだろこれ」
浩臣がヘルメットを脱ぎつつそう呟いてるのを聞いて、竜也は納得した
道理で捕らえ切れないわけだな、と
“第4の投手”ということで、あまり登板機会もなかったし対戦経験もないだけに厄介だなと感じている

和屋は前の打席のチャンスでの三振の汚名返上とばかりに、気合満々
際どいコース2つ見送ってボール、ストライクからの3球目にセーフティバントを試みるが、微妙にスライダー回転の真っすぐにピッチャーへの小フライに倒れる

「アイデアは悪くなかったぞ」
渡島はそう和屋に声をかけ、下を向くなと続けている
竜也は打順回って来なそうだなという感じでルーティーンをしないでグラウンドに視線を送っている
案の定大杉はタイミングがまるで合わない様子で三振に倒れると、渡島は万田を呼んでライトの守備に就けと指示

5回表
初球のスライダーを中村は当てただけのセカンドへのポップフライ
拝み取りな感じで竜也がキャッチすると、浩臣は普通に取れと言ってニヤリと笑う
続く綾部は三球三振、そして塩見は初球をものの見事に引っ張ったが、痛烈なサード真正面のゴロ
岡田が華麗に捌き、強肩を披露して難なく3アウトチェンジ

「そいや、恒星のメスナって何者だ?」
ベンチへの戻り際、浩臣がそう呟いたので竜也も首を傾げている
ベンチ入りはしているらしいが、姿は見当たらない
井口や中田も見当たらないわけで、よーわからんなとしか答えようがないそれ

「って次打順だったな。悪りぃ悪りぃ」
そう謝る浩臣を制しつつ、竜也は静かにネクストへ向かう

左対策でスタメンに抜擢された天満だったが、気の毒に相手は右の綾部
緩急に翻弄されてあえなく三振に倒れる
ネクストで綾部を見ていた竜也は、制球は多少アバウトだけどいい投手だよなーと感じている

“君が大人になってくその季節が 悲しい歌で溢れないように”
毎打席違う曲に送られて左打席へ
いや、ホント恐れ入りますという気持ちはあったが、それは打席で恩返しします

その思いとは裏腹に、とにかくバットを振れるゾーンにボールが一向に来ない
恒星の狙いはとにかくボール球を続けて、審判の手が上がれば儲けものみたいな感じなのだろう
この打席も1度もバットを振ることなく3-1からのホア
3打席連続四球ということで、さすがに西陵側スタンドはざわめきが起き始めている

「さすがに研究してるな。あいつが打つと試合の空気が変わるってことに」
渡島がそう呟いてる横で、祐里は思わず「勝負しろ。このナンパ野郎が」と痛烈なヤジを飛ばしている

竜也が一塁へ歩き、続く京介もバントの構えで揺さぶって四球を選んだ
1死1、2塁の好機を迎えたが、岡田はマッスラを打ち損じてショートへの小フライ
千原もストレートを豪快に打ち上げたものの、スタンドまであと少しのレフトフライ

「さすがに札幌ドームは広いわ。(函館)オーシャンなら場外だったんになぁ」
さすがの千原も項垂れ、そう呟くのが精一杯だった